琉球の城(グスク)にはなぜ聖域が存在するのか?本土出身の神主が聖域に君臨した琉球支配者の思想に迫る。
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| - | 2012.10.28 Sunday | - | - |
「日本人」のあり方
最近、「日本人は素晴らしい!」という声が、海外のあちこちから聞こえてきます。
言われる側の日本人には、

「やっとわかってくれたの?」

「別に、ふつーにしてるだけなのに」

など、さまざまな反応がみられますが、気分を害している人はほとんどいないことでしょう。

私などは、日本の文化・伝統、日本人の気質にとても誇りをもっているので、
海外からの評価を受けて「それみたことか!」という気分でした。


みなさんはどうか分かりませんが、私の育ってきた環境はどうも欧米に対してコンプレックスをもつ雰囲気が蔓延していまして、留学生や帰国子女という肩書をもっているだけで「すごい」と評価されたり、英語の授業で「わかりません」と答えたら、欧米かぶれの先生に「アメリカでは『わかりません』なんていう生徒はいない」と説教されたり。
海外に滞在した経験の乏しい私などは、なんで海外に行ったことがないくらいでこんなに自分のことを情けなく思わないといけないんだろうと感じたものです。

しかし、いま、チャンスが来ています。
日本人が、もう一度日本人を見直し、自信を取り戻すチャンスが。
未曾有の災害から一丸となって復興していく中で、日本人の新たなアイデンティティが築き上げられていくことでしょう。


ところで、このような流れを歓迎する一方で、私には、ふたつの危惧があります。

ひとつは、日本人の自信が、「外国人よりも優れている」といった相対的な自信に陥ってしまうことです。
海外の日本人への評価は、「自分たちの国であれば暴動が起きているはずだ」といった形でなされています。
自国民と日本人を比較して、日本人を讃えてくれているわけです。
しかし、讃えられる私たち日本人が、外国人よりも優れていると考える必要はありません。
多少の強盗があっても暴動という程にはならない。これは日本人にとっては普通のこと。
これまで、「個性をつぶす」と酷評されていた全体主義的日本社会は、非常事態においてはこれほどの統制を発揮する側面をもっている、単純にそれだけのことなんだと思います。
海外からの賛辞で取り戻すべき日本人の自信は、海外より優れているという点ではなく、個人主義的な面で欧米より遅れているからといって、日本社会そのものが劣っているわけではないという点にあるのではないでしょうか。


いまひとつの危惧は、加熱する「日本人」というアイデンティティが、日本に住む個を抑制してしまいすぎることです。

日本社会が、その社会の一員に、「日本人」であることを強要してきたという歴史的事例は数多くあります。
現在も「日本人」の一員である琉球人やアイヌもその被害者と言えるでしょう。

「日本人」の強要による悲劇は、琉球やアイヌといった明らかに日本の外にいた民族に限らず、本土に住む日本人のなかでもありました。
有名な例を挙げれば、白虎隊の生き残り飯沼貞雄さんの件があります。

白虎隊は、ご存知のように、十代の若者で構成された会津藩の一部隊で、攻め寄せる明治新政府軍と戦いました。
健闘むなしく敗れた白虎隊は撤退するのですが、飯盛山ですでに城が落ちているのを目撃し、全員その場で自刃してしまいました。
飯沼さんは、喉を刺し気管に穴が開いたにも関わらず、奇跡的に救われた白虎隊の生き残りでした。

その後、白虎隊は、軍国主義に向かう日本において、藩のために命を捧げた忠臣、引いては「日本人」の鑑と讃えられるようになりました。
そのような時世の中、飯盛さんを非難する声が出てきます。
白虎隊の隊員がみな自刃して果てた中で、生き残った飯盛さんは卑怯者というレッテルを張られたのです。
当時の社会の「日本人」はこうあるべきという一般通念が、飯盛さんという個を迫害したのです。
たくまの旅日記「忠臣白虎隊」参照。)


近代の日本のこのような雰囲気は、現代でも失われていないと私は感じます。
海外の紛争地域で被害に遭った日本人に向けられる自己責任論、競技後のインタビューで執拗にみなに感謝する(させられる)アスリートたち。
近代日本にみられた社会と個人との距離感は、潜在的に今も残っているのではないでしょうか。

もちろん、こうした日本・日本人のあり方を一概に悪いとは言いません。
むしろ、私は、冒頭で述べたように、この全体主義的な性格こそが、日本が世界に誇る長所だと思っています。

大災害に立ち向かい一致団結する中で、恐らく日本人は、より全体主義的側面を強めていくでしょう。
個々が全体のために我を捨て貢献する社会、日本人であるからこそ築き上げれる素晴らしいものです。
あとは、その全体が、個人にどれだけ寛容でいられるかです。
飯盛さんのような被害者を二度と出さないためにも、より進化した日本的全体主義的社会が実現されることを願って止みません。



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| いろいろ | 2011.04.07 Thursday 11:55 | comments(0) | trackbacks(0) |
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